徹夜したあと外でキャッチボールとかしてしまったために皆昼頃から寝てしまった。僕が最初に目を覚ましたっぽい。
一人がソファで、残り四人がこたつで寝てた、とゆうか今も寝てるのだが、最後にこたつに入った僕には入る隙間は殆どなかったにも関わらず、今はいくらでも深く入れそうに隙間がある。それこそ肩まで入れる。
寝ている間に僕がみんなを押しのけてしまったのか。みるみる書き換えられるこたつ勢力図。
僕にしては珍しく誰かに勝利した瞬間である。しかも相手は複数。
できる事ならもっと他の事で勝利したいと思うのだが。
酔って寝て起きたらトイレに行きたくなった。
で何かうんこしながらギターを弾いてみようと思いついた。やってみた。
うんこがまさに出されている時は、明らかにいつもより速く弾く事ができる。まあもともと上手くも何ともないのだが、自分の普段の限界値を超えたスピード。
きっと速弾きギタリストと呼ばれる人たちはうんこしながら練習し、指にスピードの感覚を覚えさせていったに違いない。
地位や名誉や栄光を手に入れた今だからこそ、彼らにはうんこしながら弾いていたあの頃を思い出してもらいたい。初心に帰るとはそうゆう事だろう。
アメリカの裁判って何か信じられないような非常識な判決が多いような気がする。
コーヒーをこぼして自分が火傷しても、店を訴えようとは思わないだろう。むしろ「コーヒーこぼして火傷しちゃったよ?」みたいに笑い話になって終わりじゃないか。裁判まで起こすって考えられない。
アメリカの裁判所ってギャグで判決出してんじゃないのか。普通なら流すところにブチ切れるヤツに金をやるってのはギャグ以外の何物でもない。
僕もやってみるか。
「うんこ臭すぎ!」とかでも行けるんじゃないか。
それが僕なりのアメリカンドリーム
友人の別荘みたいなとこに来てます。
風呂に入ろうとした時、慣れない環境だったりしたのもあったのかもしれないが、服をズボンとパンツから脱いでしまった。しかもズボンとパンツ同時に。
脱衣所にある鏡で自分の姿をみたら変質者だった。上はトレーナーとか着てて下だけ全裸。
慣れない環境とゆうのは生活習慣も変えてしまうのか。
そのうち洋式便器に後向きに座ってしまうかもしれない。
友達がマリオ3をやってるのを見てる。割と長い間「下」ボタンを押し続て敵の攻撃をよけないといけない場所もあったりして、思わずボタンを放してしまったりはしないかと見ていて不安になったりした。
もしかしてこれは任天堂の販売戦略じゃないのか。マリオ3は'88年発売。ファミコンを発売時に買った人は5年ほど過ぎている事になる。
そろそろ「下」キーの利きも悪くなってるであろう。そのせいでクリアできない人もいたはずである。
あわよくば新しいのをもう一台買わせようとしてんじやないのか。恐るべし任天堂。ゲイツ並み。
昨日はバッティングセンターに行った。
打ち終わってふと手を見たら右手の親指から血が。
「何じゃこりゃああ!」と素で言ってしまった。別に松田優作のファンでも何でもないのに。
予想外な出血は人をGパン刑事にする。確かにGパンはいてたけどさ。何なのだ
大阪城は昔の建物にも関わらずかなりバリアフリーにできている、とゆう話を友人から聞いた。だから天下をとれなかったんじゃないか。
老人や障害者に優しい城。
城に逃げても攻め込んでくる車椅子の武将。
最先端がいつも最良とは限らないとゆう事か。
回転寿司って全然速くない。もちろん速く回す必要がないどころか、速く回すと様々な弊害が出るためであろう。
ここであえて「低速回転寿司」と呼んでみるのはどうか。まるで今の速度ではいけないような気がしてくる。
来る客来る客が「低速回転寿司もいいな」などといっていたら、店主はいつしか耐えきれなくなり寿司を高速で回すのではないか。
皿に手を伸ばした客の指を切り裂き、米を撒き散らしながら疾走する高速回転寿司。店主と客の間の確かな狂気がそこにある。
言葉の力、数の力を侮ってはいけない。
サバイバル技術には、いろんな道具を日常的な使い方とは別の使い方をする事がよくある気がする。
鍋でご飯を炊いてみたり、ハチに刺された時にはフィルムケースで毒を吸い出したりする事もあるそうだ。
僕も考えてみた。
コップって子供っぽい。何か単語自体の響きが子供的である。「カップ」の大人っぽさには遠く及ばないだろう。
やはり原因は「カ」と「コ」の違いだろう。
しかし「コ」で始まる単語の「コ」を「カ」に書き替えても、必ずしも大人っぽくなるとは限らない。例えば「コピー」を「カピー」にすると途端にバカっぽくなってしまう。全然意味わからんけど。意味あるのか。
「ウンコ」を「ウンカ」にしてしまう点でも「コ」と「カ」が違うだけで言葉は大きく変化してしまう事がわかる。
自分でも何がいいたいのかわからない。