最近ずっとひざが痛いのだが、実家に帰って母にその旨を告げると湿布をくれた。
痛いところがあると、そこを冷やしたり、温めたりする事がよくある。冷やすと温めるって逆なのに。いいのかどっちでも。
普段だとありえない状態にするのがいいんだろうか。それなら他にも試してみたらどうか。キムチの汁をすりこむとか。
温まりそうだし、においもありえない事になるのでありえない具合も倍増だ。汁に含まれる成分とか、そういう方向からも効きそうだ。
何かほんとに民間療法とかでありそうな気がしてきた。やらないけど。
漫画喫茶にいるのだが、漫画の単行本だけじゃなくて雑誌のコーナーとかもある。
単行本のコーナーには殆ど人いないのに雑誌のコーナーには立ち読みしてる人がいる。漫画喫茶なのに。
単行本は席に持って帰って読んでるんだろうけど。雑誌は立ち読み。これじゃコンビニと同じだ。
漫画立ち読み喫茶というのを作ってみてはどうか。立ち読みし放題。売り切れて読めないやつもなくて、嫌な店員が邪魔しに来ることもない。まあもはや喫茶じゃないけど。それなら飲み物の自動販売機でもつけたらいい。
これぐらいだったら勝手に市街の道を区切って商売する人とか出てきそうだ。
最後は警察による強制退去。青空カラオケみたいに。
そういうのなら何でもできるな。青空ボウリングとか。
青空動物園というのはどうだろう。多摩川の土手に柵つけて入場料とる。
タマちゃんしかいないけど。ていうかタマちゃんもいないけど。
でも動物園ってもともと青空だな。殆どの場合。
まあタマちゃんいないときは青空水族館とかにすればいい。汚い川の魚とか汚いカニとかえびとか。地味な水族館。
3つほど新ビジネスを考えてみたが、どれもうまくいかなさそうだ。世の中甘くないね。
情熱と熱情は殆ど同じ意味だが、熱情のほうが何だか熱く燃えたぎるというか、文学的というか、そういう感じがする。どういう感じかよくわからないけど。
情熱は青春とか友情とか、そういう何だかストレートでさわやかな、まあもっといえばその分間抜けな感じである。松岡修造をアニメ化したらこうなるだろう、みたいな感じ。
青春といっても大阪で生まれた女の青春じゃなくてラララ青春といった感じである。言ってるこっちが恥ずかしい雰囲気の言葉だ。
情熱と熱情のように入れ替えて見たらどうだろう。もしかしたらもう少しいいやすくなるかもしれない。
青春→春青
何か一気に中国っぽくなった。中国の故事っぽい。故事の主人公の名前っぽい。杜氏春のせいか。あと、事故と故事は入れ替えると全然違う意味になるなと思った。
友情→情友
あの宗教のえらい人みたいになってしまった。名前にインパクトがありすぎてイメージが制限される。口で言う時には漢字は相手が頭の中で勝手に当ててしまうので危険だ。あと、何かエロっぽい。
どちらも何とも不完全燃焼というか、言った時の違和感はぬぐえないものとなってしまった。もしかしたら日本語の発展の中で淘汰されてきたのかもしれない。やはり言葉は今あるものに限る。
と思ったけど、熱情もやっぱりちょっとエロいし恥ずかしい。日常生活で使うことは殆どないだろうと思った。
スポーツニュースで、ヤンキースの松井秀喜選手が三安打の大暴れ、と言っていた。
ほんとに大暴れだったらすごいな。
バットでベンチを破壊し、外野の芝生に火を放ってトゲトゲの鉄球をハンマー投げのように客席に放り込む松井。
破壊の限りを尽くす松井と逃げ惑う観客や選手。
そうなったとき初めて、松井に真の意味での「ゴジラ」というニックネームがつけられるのだ。
ハードディスクをあさってたら出てきた画像。

Yahoo!ニュースのスクリーンショットである。多分去年の年末あたりの画像。
ファン不快の深い謎。勝てない理由は家庭内。dajare.jpgっていう名前で保存されてた。
夕刊フジおそるべし。
こっちは最近の。

まさかビートルズが。リスペクト・フォー・虎舞竜。
第何章だろう。本家the虎舞竜のほうは13章までらしい。ほんとかどうかしらないけど。都市伝説かも。
それにしてもビートルズ、もう二人しか残ってないのに新曲か。しかもロード。
ロードオブザリングの事だとわかりつつこういう事を言い続けるのも不毛なので寝ます。
大宮でバイトした。suicaが電子マネー化するらしいのでそのキャンペーンの手伝い。
券売機の前でパネル持って立ってたキモいオッサンをみた人がいたら、それは僕です。
何か一応suicaのジャンパーとか着てたのでお客さんからいろいろ質問をされたりしたのだが、その殆どは40代後半より上の年配の方々だった。
あと、大宮の駅で携帯電話を使ってテレビ電話してる人を3人もみた。
渋谷や新宿では見た事ない。いるのかもしれないけど。
何だこれは。電子マネーに興味津々のご年配の方々。そしてケータイでテレビ電話が3人。
やけに最新技術に敏感な大宮駅。
そういえば大宮の小学生は夏休みの宿題が絵日記じゃなくてblogだというのを聞いた事がある。うそだけど。
友人からもらったエロビデオがある。
かなり前にもらったものにもかかわらず、今まで5回もみてないのだが、大しておもしろいビデオでもないのでこんなもんだろうと思う。タダだし。
別にエロに対する興味のなさとかをアピールしてるんじゃなくて、ほんとに面白くないビデオなんである。エロビデオとしても。
で、その友人はそのビデオを別の友人からもらって、処分に困った末僕にくれたのだが、そろそろ僕もだれかにあげようかと思っている。そろそろ、っていうか何ヶ月も前から「いらないもの」になってるので。
こうして手から手へ、人から人へと渡っていくエロビデオ。まるでお金のようだ。
エロビデオが通貨になる時代が来たりしたら面白い。
ユーロ導入、とかいう感じで、エロビデオ導入。聖域なき構造改革。
ま、性域だけど。ひどいオヤジギャグ。
マーチング マーチというクレイジーな曲がある。
どうやら子供の歌のようで、僕も幼稚園のときに歌わされた事がある。
しかしこの歌詞の意味のわからなさ、そして「チッタカタア」とか「チッタカ タッタッタァ」という妙に勢い込んだところは子供心にどうかと思った。
そして今再びこの歌詞を見てもやばいと思う。子供の頃の僕よ、正解だ。
曲のほうも信じられないテンションとスピード感である。ある意味ロックンロール。
この曲を子供達が大合唱すると、エアロスミスのコンサートよりもやかましい事になる(英文和訳調)。
「うんこ」「ちんこ」「まんこ」って、この三つの言葉は人類に与えられた最もプリミティブな言葉ではないだろうか。と大げさな事を言ってみたが、人間の欲望でいうと性欲、食欲、睡眠欲という三大欲求、これにあたるのが言葉の上では「うんこ」「ちんこ」「まんこ」なのではないだろうか。
ためしに今まで言った事のない方も、「うんこちんこまんこ」とつぶやいてみて欲しい。
意味など関係なく、発声の心地よさを感じることができるのではないか。うんこちんこまんこ。
公の場で言うのがはばかられるところも三大欲求に似ている。食事や睡眠だって本来ならば他人に見せるものではない。
相手に向かって唐突に「うんこ」とか「ちんこ」というと、「うんこ」に対して「ちんこ」とか、「ちんこ」に対して「まんこ」とか返してくる人がいる。つまり自分が言ったのとは別の三大言葉を返してくる人である。
しかしその大半の人は、返事に対する返事として三大言葉の最後の一つを言うと絶句してしまう。
つまりこういう事である。
A「ちんこ」
B「まんこ」
A「うんこ」
B「……。」
ここで第四の言葉として「しっこ」という人がいる。現に友人に一人いた。
これはすごい事だと思う。殆どの人が尽き果てた三大言葉に絶句するなか「しっこ」をだして来るところ。
「?んこ」にこだわらない柔軟さがそこにはある。
「しっこ」と返す人達だけを集めて結婚させ、純粋な「しっこ」遺伝子をもつ子供たちを増やしていったらどうなるだろう。
そこに今まで人類の超えられなかった壁を超える何かがあるのかもしれない(てきとう)
さっきブレーカーの点検の人がきた。
ブレーカーの事をいろいろ説明してくれたのだが全く何言ってるのかわからなかった上に、点検のために外したブレーカーのふたがなかなかはめられなかった。
もしかしてあのおじさんはブレーカーの点検に来たというのはうそだったのかもしれない。
チャイムを鳴らして人がいたらブレーカーの点検だと嘘をつくのだ。だいたいこんな平日の昼間に家にいる人のほうがめずらしい。
やはり空き巣か。そういえばブレーカーの点検だと言われて何の疑いもなく玄関にあげてしまった。
もし強盗だったら危ないところだった。点検とか言われたらあんまり疑わない人が多いのではないか。
まあそんな事よりも、玄関に脚立を置く場所がなくて、おじさんが玄関にあった靴をバスマットを踏んづけるように部屋の中に置いた事のほうがブルーなわけだが。