2003年の日記

最近公開された映画「踊る大捜査線THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」だが、踊る大捜査腺だったらどうだろう。

人体のどこかにある大捜査腺。その近くには小捜査腺もある。

大捜査腺で作られた大捜査液が小捜査腺から出るのだ。

「踊る大捜査腺」てゆうぐらいだから、もう大捜査液出まくり。レインボーブリッジを大捜査液まみれにして封鎖だ。

織田裕二とかいかりや長介って大捜査液出してそうな気がしないか。あのドラマのせいなんだろうけど。

人体の中でどんな役割であろうと「大捜査液」なんて名前はつけられないだろう、とか思うが、「ランゲルハンス島」なんてのがあるぐらいだから全くありえなくはない。

いまこれ読み返して全く意味がわからない文章だと思いました。

「ミクロ経済学」とゆう授業がある。僕は取ってないけど。

どんな風にミクロなのだろうか。お金の規模がミクロなのか。

おもに硬貨の流れを追う経済学。駄菓子屋とゆう単語がすごい頻度で出てくる教科書。

逆にマクロ経済学とゆうのもある。こっちは全部どんぶり勘定だ。「だいたい一万円ぐらい」とかお釣りをもらわない人々を扱う経済学。お札以外のお金はないものとした経済。

こっちはバブルの崩壊とともに研究が進まなくなってるに違いない。

何か社会派っぽいけど適当です。

大戸屋とかに行くと、メニューにその料理のカロリーが書いてある。

ダイエット中の人とかそれを見て何を食べるのか決めるのだろうか。あるいは安くてカロリーの高いものを食べようとする客(僕とか)に向けての物なのだろうか。まあどっちでもいいけど僕は結構参考にしている。

で、カロリーの単位は「?kcal」で書かれているのだが、1000kcalを超えるやつはもう1Mcalとかにしてみたらどうだろうか。1メガカロリー。

1200kcalじゃなくて。1.2Mcal。1.2メガカロリー。何か一気に大規模になった気がしないか。

てゆうかもう1000キロカロリーないやつも0.9メガカロリーとか書いたらいいんじゃないか。

全部すごいもの食ってる気になる。ダイエット中の人はその数字を見てカロリーを控えようと思うかも知れないし、大食いしたい人は得した気分になる。

今思ったのだが、同じ量食ってるのにたくさん食べた気になられると売り上げが減るからメガカロリーって書かないのかもしれない。

東京インディジョーンズ行ってきました。今日は試合でした。実は昨日(もう一昨日か)も野球の試合で、2日連続試合。疲れた。

さっき外出したら(3時頃)雨のなかカップルの男のほうが女のほうを抱きしめていた。

まあ休みの前の日の深夜だしそうゆう人がいてもいいんだが、場所が王将の前だった。

あと男がくしゃみ連発してた。雨の中で抱き合う二人。でもそこは王将の前。ギョーザのにおい立ちこめるロマンス。

くしゃみもギョーザのにおいが鼻を刺激したのかもしれない。

まあ現実なんてそんなもんだ。ドラマのようなシチュエーションなんてそうはないんだろう。

ドラマもリアリティを出したければ王将の前でロケやればいい。

あらゆるイベントが王将の前で起こるドラマ。それはそれでワンダーランドだ。

浮間舟渡公園というところに行ってきた。大きな池みたいなのがあったりしてかなり広い公園だったのだが、赤い帽子をかぶったじいさんと、白い帽子をかぶったじいさんが自転車ですれちがってた。

運動会みたいだ。赤組と白組。あのじいさんたちも「あっ、いま俺達運動会みたい」とか思ったんだろうか。妙に対抗意識を燃やし始める二人のじいさん。二人の帽子は赤と白。

突然片方がUターンしてもう片方を追い越したりしたら面白かったのだが。紅白の帽子をかぶったじいさんによる自転車レース。こんなとある日にのどかな公園で繰り広げられるじいさん達の死闘。

じいさん二人に「死闘」とゆう言葉はあまりにもシャレにならないと思いました。

通過儀礼とゆうのがあるだろう。何かどっかの原住民とかが、バンジージャンプしたり歯抜いたりするやつ。

ああゆうの日本でもやればいいのに。成人式とかじゃなくて、もうマジでそれやらないと大人として認められない、みたいな苦行。

  • こよりでくしゃみ出す

  • パイ投げされる

  • ケツバット

  • 全体的に罰ゲームみたいなのばっかだ。でももっときついのでもいい。

    何しろ人生に一回しかやらないのだから。

    まあ何をやる事になったとしても僕は20歳超えてるのでやりません。

    今日の晩飯は松屋の牛めしだった。

    今はもうないと思うが、前に松屋に行った時、「お客さまの笑顔を思い浮かべてがんばっています」と書かれたポスターが貼ってあった。

    「お客さまの笑顔のために」とかじゃなくて「笑顔を思い浮かべて」

    笑顔見せた事ない相手にいきなり自分の笑顔思い浮かべられてもなあ。勝手に想像するって事か。

    そういえば、松屋の店員は食券を取りに来るときに、必ず「?ですね」と言ってメニューの確認をしながらはっきりとこっちの顔を見てくる。

    あれは笑顔を想像するための情報収集じゃないのか。何て抜け目のない松屋の店員。

    より正確な笑顔を想像する事がお客さまの信頼へとつながるのだ。知らないけど。

    コンタクトレンズで、一日で使い捨ての奴があるだろう。あれって何人ぐらいが使ってるんだろうか。

    日本のコンタクトレンズ使用人口は一千万人にものぼるらしい。

    そのうちで一日使い捨ての人が2割(てきとう)いるとして、200万人の人が一日使い捨てのコンタクトレンズを使用しているのである。

    とゆう事は一日400万枚のコンタクトレンズが捨てられている事になる。これって環境問題への影響とかないんだろうか。

    使い捨てコンタクトレンズが登場してから現在までのコンタクトレンズの消費量を考えると、もう「東京ドーム○杯分」とかそうゆうレベルの量になるんじゃないか。

    それだけの量のコンタクトレンズがあるなら、捨ててしまったりせずに、東京ドームの床一面に広げてみてはどうだろう。満タンにしてしまうと人が入れないので床に広げる程度。

    もうコンタクトレンズ踏み放題。コンタクトレンズの中でヘッドスライディングとかできる。

    全国のコンタクトレンズマニアを集めて是非開催してもらいたい。

    コンタクトレンズマニアはコンタクト踏んで喜ぶのかどうかが問題だが。

    納豆も節分豆も枝豆も、全部大豆だ。さまざまなところで色々なものに形を変えて活躍する大豆。「畑の肉」とまで呼ばれている。

    しかし「畑の肉」と呼ばれる事は大豆的にはどうなのか。

    畑で出来る物って基本的には野菜である。肉とはほぼ真逆のポジションにあるといっていい。

    もし知り合いの中に「日本のアメリカ人」と呼ばれる奴がいたらどうだろう。僕はあんまり付き合いたくない気がする。コーラやハンバーガーを消費するだけならまだしもずっとアメリカンジョークとか言われてもなあ。

    大豆って畑の作物の中ではそうゆう位置にいるんじゃないだろうか。仕事はできるんだけど、変にアメリカナイズされてて気持ち悪い。そんな奴。

    散々納豆とか枝豆とか食べときながら、大豆の悪口っぽくなってしまったのでこのへんでやめときます。

    土曜日はオールでカラオケをしたのだが、カラオケの間に映るビデオとゆうか映像が異常にエロかった。

    「エロ映画ではない洋画のラブシーン」より少しエロいぐらいのエロさ。かろうじて乳首は出なかったが。

    しかも殆どの歌でそのエロさが継続するのである。何か男女とも上半身裸で抱き合ってたり(辛うじて下ははいていた)、和服の乱れた姿で寝転ぶ女性の姿を延々映してたり。

    もう歌どころじゃない。あれ家族でカラオケとかだったら気まずくて全員一言も喋れなくなるんじゃないか。

    小さい子供連れとかだったらもうパニックである。

    みんなでドラマを見てたらエロいシーンになってしまった。そんな状況が一時間単位でずっと続くのである。

    男子中学生の集団とか、それが目的で来てる奴いるかも知れない。

    男子中学生の集団なのに入れてる曲は「天城越え」ばっか。

    誰も歌わない。みんな画面に釘付け。

    新しいカラオケの楽しみ方だ。全然新しくないか。