2003年の日記

少年野球とか高校野球とか草野球って、やたら変なかけ声をだす。
「バッチこーい」とかも何となくバカだ。

でも一番バカなのは、「リー、リー、リー」じゃないだろうか。「リー、リー、リー」って何だ。
リードしてるランナーがゆうとさらにバカ度は増す。そんなに自分がリードしてる事をアピールしたいのか。塁に出て浮かれてる感じがいかにもバカである。

「リー、リー、リー」ってちょっと変えてみたらどうか、と思ったんだが、「ラー、ラー、ラー」とか「ルー、ルー、ルー」にすると何か優雅な感じがする気がした。

しかし塁上でゆうとやっぱりバカだ。どうせなら鼻歌ぐらい歌ったらいいんじゃないか。
むしろ浮かれてる感じはしなくなる気がする。
塁に出る事に慣れた感じがでていいんじゃないか。こんなのいつもの事さ、と言わんばかりに鼻歌。
何かプロっぽい。


歓声にかき消されて観客や視聴者には聞こえないが、プロ野球の選手は塁上で鼻歌を歌ってるかもしれない。

滅多にこないフォームメールがきたのでレスをしてみようと思う。

先生へ
ひらがな一文字づつに「うんこ」と出るようにしたらどうなるのですか?

いきなり先生と呼ばれても僕は先生でも何でもありません。
僕みたいな人間を先生だとか言い出したらかなり末期です。気をつけて下さい。

ひらがな一文字づつに?

僕の変換辞書が「う」を変換すると「うんこ」になるのを知ってこのような事をおっしゃっているのだろうが、僕はひらがな一文字ずつに「うんこ」を登録するようなめんどくさい事はできないので自分でやってください。

普通の文章を変換しても「うんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこ」ってなるかも知れない。
僕のパソコンなら「ううううううう」を変換すれば「うんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこ」になる(いま実際になった)から可能性はなくはない。


こんなに「うんこ」を連呼する日記ってなかなかないんじゃないか。もしかしたら小学生より言ってるかもしれない。

最近毎日のように大戸屋に行って毎回のように「鶏カツソース丼とせいろうどん」とゆうメニューを頼んでいる。
安い上に一番量が多いからなのだが、そろそろ店員に顔を覚えられる頃だ。「またあいつだ。しかも同じメニュー」みたいな感じで。

でこないだうどんを漬けて食べるためのつゆの代わりになぜか味噌汁が来たので、店員に言って換えてもらったのだが、そのときはあのつゆを入れる容器(名前がわからない)にいっぱいつゆを入れて渡された。
うどん入れるとあふれそうになる。結構ドキドキしながら食べるハメになってしまった。

で、次に行ったときはつゆは普通の量だったのだが、その次行ったら普通より少ない量になってた。
もしかして僕の顔を覚えてる店員がつゆの量をどんどん減らしてるんじゃないのか。

「鶏カツソース丼とせいろうどん」を注文するたびに減っていくつゆの量。
そのうちつゆが全くなくなってしょうがとねぎだけでうどん食べないといけなくなるかもしれない。

もしかして、そうなれば僕はもう大戸屋へ行けなくなると思ってるんじゃないか。
少しずつ環境を厳しくしていく事によって最後は大戸屋を卒業である。

何か怪我した鳥の手当てをして自然に帰す話みたいだ。


誰が僕を自然に帰そうとしてるんだろう。

前にも書いた事だが僕のパソコンは「う」と打って変換すると「うんこ」と変換される。変換辞書にそのように登録してるからなのだが。

最近の変な変換は、「対策」と打とうとして、「taisaku」の「k」が抜けて「たいさう」となり、それが変換されて「大差うんこ」になってしまった。

これだけならまだいい。僕の打ち間違えだし、コンピュータがそうゆう分けかたをせざるを得ない変な単語になってしまったわけだから。

しかし「うで」を変換して「うんこで」となってしまうのはどうしたものか。「腕」だろう、普通。

いくら僕がうんこの事ばかり考えているからといって、パソコンまでそうなってしまっては困る。
パソコンって使っていくうちにある程度使っている人に使いやすいようになっていくものだが、これはやり過ぎだ。

過ぎたるは及ばざるが如し。このことわざができた時代には誰にも想像すらできなかったであろう、このようなデジタルな機械にもこのことわざは当てはまる。
最後の段落(段落じゃないけど)だけ見たらまともっぽいこの文章。

実家に帰ると、家族がコーラックを常用している。便秘一家なのだろうか。僕も便秘気味だがコーラックは飲んだ事ない。

母はコーラックの事を、「コーラック」と呼ぶ。まあ普通だ。それでいいのだが、父は「ピンクの小粒」妹は「下痢の薬」と呼ぶのである。
下痢の薬とゆうのは下痢に効くからではなく飲むと下痢になるからだ。

いいのか妹、そんな事で。19歳の女が「下痢の薬」とかしょっちゅう言ってる。てゆうか毎日言ってる。実家に帰れば、「お兄ちゃん、下痢の薬とって」だ。アホか。
もしさだまさしの妹がこんなんだったら「妹よ」の歌詞はどんなんになってただろう。

あと、オヤジの言い方も何なんだ。確かにCMでは言ってるけどさ。
頭部を白髪とハゲの両方が襲い、ヒゲも白くなってきている親父が「ピンクの小粒」
白髪が増えるとともに色素に対する執着が強くなったりしてるのだろうか。

でもピンクに行かなくても。

パソコンのモニタについたホコリを、お腹の部分を使って拭きとるためのぬいぐるみがあるのだが、それがホコリだらけになったので洗濯した。
洗濯したら干さないといけないわけだだが、どうしてもこうなってしまう。


虐待っぽい。

てゆうかこれがもし人間ならすごい拷問だろう。ホコリだらけにされたあげく洪水のような水に放り込まれ最後は両手をはさまれた上吊り下げられる。


ぬいぐるみが魂を持って喋ったり動いたりする世界ってファンタジーだが、もし今それが実現したら、僕は間違いなくぬいぐるみに殺されるであろう。本当は怖いグリム童話みたいだ。

検索エンジンで何かを検索するときに、変換ミスやタイプミスをしたまま検索してしまう事がある。
検索したい単語を入力して、何も確認せずに「Space」キーを押してそのまま「Enter」のキーを連打してしまうのだが、入力が間違ってると何もでて来なかったり関係ないページが検索されて出てきたり

このページにはアクセス解析とゆうものがついており、例えばどこのリンクから来たとか、何かを検索して来たって事がわかるようになっている。

「六甲コンビニウォーカー」で検索して来る人が毎日何人かいらっしゃるのだが、そうゆう人達もそうゆう人達も検索ミスをしてしまった事があるのだろうか。
検索エンジンで単語を途中まで入力すると、言葉の頭が一致するものが入力用の枠の下にズラっと出てくるのだが、たとえば「六甲」と入力したところで六甲コンビニウォーカーが下に出てきたりするんだろう。

でもミスって検索したやつもその履歴には残るから、「六甲ジョンビニウォーカー」とか、「六甲コンビニヲーカー」とか残ってるんじゃないか。「六甲キンビニウォーカー」とか。

いつも検索でいらっしゃる方のパソコンで検索エンジンを使ったときの履歴を見てみたいと思った。

痴漢ってゆう言葉。「痴」のほうは馬鹿げた、とか愚かでふとどきなさまを表すらしいからいい。
しかし「漢」はどうか。ただの「男」よりも、「漢」とかいておとこと読む、みたいなのの方がカッコいい感じだ。

痴漢。何かすごい男らしい感じがしてこないか。
もし「痴男」で「ちなん」と読むとすれば、かなりマヌケでスケベな感じがするのだが。

「痴漢」と書く事によって何かグッと締まった感じがする。

もしかしたら「痴漢」とゆう言葉を作った人は、自分もそうゆう事してたのかもしれない。
で「痴男」とか付けちゃうと、自分のやってるのが見つかったときに自分もそう呼ばれるのは恥ずかしいからちょっとでもカッコいい名前にしようとしたんじゃないのか。

暴走族が自分達の事を珍走団と呼ばないのに近い気がした。そう思うと上の仮説もつじつまが合う。

「痴漢」って言葉作った人、まだ生きてたりしないかなあ。

未だに割り箸をきれいに割れない事がある。何でなのだ。腹立つ。
きれいに割れないと食べてるときもすごい違和感がある。そしてきれいに割れなかった後悔。
悔いを残しながら食事をしないといけない辛さ。せっかくの食事の時間がつまらないものになってしまう。

割り箸割る機械とかないのか。機械で割れば毎回同じように割れるはずである。
じゃがいもの皮向き器とかあるのに、割り箸割る機械とか器械は見た事ない。

アシモとかいいから、割り箸割るロボット作って欲しい。

こないだ部屋を片付けたのだが、ウチの床はフローリングで、靴下で歩くと滑って転びそうになった。
いや転びそうにはなってないけど、捨てにいこうと思ったカップ麺のスープをこぼしそうになった。

部屋を片付ける前は床に物が散乱していたので、その中から踏んでもよさそうなものを踏んづけて歩く事によりこのような事はなかったのだが。

あと、部屋が散らかってるときは物が何でも手の届くところにあったのに、今はない。

もしかして部屋は散らかってる方がいいんじゃないのか。と思ったけど普段から片付いた部屋に住んでる人にはこんな話は通用しないであろう。

劣悪な環境に順応してしまうと、それが改善されたときに逆に対応できなくなってしまうのか。
もう環境保護とか別にしなくていいんじゃないか。人類。このまま汚い地球でも暮らせてるんなら、もとの環境に戻ったとき生きていけないかもしれない。


話題のレベルが、部屋の片づけから地球規模の話に。
部屋から世界へ。世界に発信。インターネット。(てきとう)