マスメディアというものはどんどん進化、多様化してきたように思える。多分そう思うのは僕だけではないだろう。
新聞があり、ラジオの次はテレビ、その次はインターネットだろうか。
で、いつまでラジオ体操なのだ。
テレビを持っている人とラジオを持っている人の数はそんなに変わらないかもしれないが、ラジオの場合はオーディオ機器に付属機能として付いてきたもので、購入した人が第一目的として入手したものは少ないのではないか。
利用されている度合としては今ではテレビはラジオのはるか上を行ってる気がする。
しかしラジオ体操はラジオ体操のままである。いつになったらテレビ体操に移行するのだ。
将来テレビを今のラジオのようなポジションに追いやってしまうような新しい媒体ができてしまってからでは遅いのではないか。ラジオ体操をテレビ体操にするなら今しかない。とゆうか今でも遅いぐらいだ。
テレビを飛ばしてインターネット体操でもいいと思うけど。
ドイツ語の授業で出席を取ってたら、教官(女性)が、小山田という学生を呼ぶ時に「おにゃまだくん」と言っていた。
これじゃドイツ語じゃなくて猫語だ。にゃー。
それ以降の話も全部「?にゃ」で終わらせて欲しかったが、さすがにそんな事はしてくれなかった。ドイツ語の授業なので。当たり前だ。
あと、出席が読まれるのを聞いてて気付いたのだが、「ヒトラさん」てゆう人がいた。ドイツ語でヒトラさん。シャレにならんだろう。
このへんでやめときます。
冷凍庫の中にだいぶ霜がついている。あれってずっと霜取りせずにおいたらいつかは冷凍庫の中が全部霜になってしまうんだろうか。
すごい。氷河期みたいだ。ものすごく寒いために空気中の水蒸気が少しずつ氷になって積もっていく。
電源切って溶かしたらマンモスとか出てこないだろうか。冷凍庫から。
野球のルールを新しくしてはどうか。
ホームラン打ったらボールが返って来るまでダイヤモンドを走り続けてよいのだ。
一周して返って来てもまだ走れそうならもう一周。ただし二周目以降でタッチされてアウトになったら0点。
やばいと思うところで止めれば、回った数だけ点が入るというルールである。
一人4点ホームランとかできる。
もしプロ野球でやったらすごい事になりそうだ。守備側のファンがいるスタンドにホームランボールが入ったらすぐ返って来るけど、攻撃側のファンのところにボールが入ったら全然返って来ない。
拾ったファンがスタンドの後ろの列に投げてしまったりする。
もしこうなれば、ホームランバッターにも足の速さが求められるし、外野手には守備力だけでなくフェンスをよじ登る能力が要求される。ボールとりにいかないといけないから。
ホームランが打てても足の遅いバッターなんかは役に立たなくなるし、ピッチャーもホームランだけは打たれるとシャレにならないからホームランを打たれにくいピッチャーが生き残る事になる。
ものすごい身体能力を要する競技に変わるはずだ。どの格闘技が一番強いのかとかいう議論にも終止符が打たれる気がする。
これを実現するためには、野球のオリンピックで日本がアメリカに勝てばいいと思う。
それか巨人がヤンキースに勝つか。
はんこ注射ってのがあるだろう。BCGか何かで。
あれ何かおもしろい。入れ墨みたいだ。僕の腕にはないので、子供の頃はあれがある子がうらやましかった。
スーパーモデルの腕にはんこ注射の跡とかあったら何か間抜けだ。
てゆうかモデルのオーディションとかで、「はんこ注射の跡がある人はだめです」とかいわれるのかもしれない。
書類審査では、顔写真と、全身写真と、腕の写真。
何かフェチっぽくなってしまった。
阪神の星野監督が日本シリーズのあと辞めてしまうらしい。驚いた。健康上の理由だってさ。
星野仙一。ほしのせんいち。星野1001。
星野1001。モンゴル800みたいだ。
モンゴル800はバンドの名前で、おそらく誰かの実名ではないはずだ。
でもこう考えれば実名である可能性も出てきた。
門醐瑠八百ってゆう人がいるのかも知れない。バンドのメンバーの一人がその人に影響を受けたとかじゃないのか。
昔の中国の偉い人か何かでいたのかもしれない。僕は知らないけど。
思想っぽい要素がある事をアピールしとけば、売り上げも伸びそうな気がする。何かアーティスティックで知的な感じがするし。
音楽的な事とは何の関係もないところで人々の興味を引こうとする。ミュージシャンとしては失格の姑息な行為だ。
などと憤ってみたが、そういう方向に持っていったのは僕だ。
将来ハゲたらどうするか、みたいな話をすると、知人の大半は「髪を短くする」みたいな事を言う。
長く伸ばしてバーコードにするのは嫌らしい。
バーコードはつまり、髪が残っているところから髪のないはずの箇所へ髪の毛をかぶせる事によって頭皮を隠しているのだろうと思っていた。もう髪は残っていないのに無駄な抵抗をしているのだろうと。
しかしそれは若さゆえの考えじゃないのか。僕がハゲについて話し合えるのはほとんど同世代の若い人である。
得意先の理不尽な物言いにもじっと耐える父親に感じる苛立ち(そんなの体験した事ないけど)、そんな感じでバーコードの人を見ているのではないだろうか。
しかし、最近僕はたまに、あまりに見事なバーコードを見ると、「見事なバーコードだ」と思うようになってきた。感動すら覚える。
多分いまバーコードにしてる人達も、僕のような感動を経てバーコードの頭にしようと思ったのだ。僕も将来ハゲたらバーコードにするかもしれない。夢を与える頭だ。
僕も少しは大人になったのかな(夏休みの作文調)
「ラテン系」と「ラテン語」の、このノリの違いは何だ。
前者は人生の全てのエネルギーを異性を口説く事に使ってそうである。
後者はいかにもインテリである。勉強以外してない感じだ。
ラテン語って今では一般的には使われてないらしいが、昔は使ってたのだろう。
ラテン系の人にラテン語で口説かれるのか。
現代日本ならストーカー気味な名門大学生って感じだろうか。
あるいはスーパーフリーか(古い)
立ちションって言葉があるだろう。男性の放尿の仕方を表したもので(別に女性がしてもいいけど)、地面に直立した状態で放尿する。
座りションとゆうのもある。洋式便所に普通に腰かけて放尿だ。この場合は女性と同じ感じになるのだろうが、こうやって放尿する男性も結構いるようだ。多分。
他の「?ション」で終わる単語も放尿の仕方を表したものだったらどうだろう。
てゆうか、"tion"で終わる英単語の意味に放尿をつけただけだ。