「族議員」ていただろう。今でもいるんだろうけど。
結局彼らは何族なのだ。「族」と略されるものってまあ暴走族しかないわけだけど。
国会議員が暴走族だったらどうか。国会で抗争。総理官邸で集会だ。
そして政権交代のときにはえびす講(広島の祭)で引退式。
歩行者天国を練り歩く議員達の群れは晩秋の風物詩だ。
そしてその日広島は整髪料、育毛剤、煙草、そして「オッサンの臭い」に染まる。
人工衛星からみるとちょっと色変わってる。
こんなもの作ってたら朝になってしまった。今から寝て起きて学校行きます。多分。
駄菓子屋の店先にあるガチャガチャに、「リアル昆虫図鑑」とゆうのがあった。
どうやら景品が虫の形をしたフィギュアのようだ。
どれぐらいリアルなのだろう。「リアル昆虫図鑑」というからには本物と見間違うほどのものなのだろう。
こんなものがガチャガチャのカプセルを開けて出てきたらかなり嫌だ。
やはりリアルも度が過ぎるとだめって事か。しかもうかつに触るとシャレにならないものばっか。
これは対象年齢高いな。駄菓子屋の前なんかに置くべきではない。
東京インディジョーンズ行ってきました。急遽試合が入ったりしてびっくりしつつ楽しかったです。
テンション低くてすいません。飲み会行かずに帰っちゃってすいません。金曜がオールだったのでしんどかったのです。
また行かせて頂きたいです。
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K-1やってた。K-1の人って試合前にリングの真ん中に来て審判と一緒に(おそらく)ルールの確認とかをしてるのだが、必ずと言っていいほどセコンドの人が選手のうなじの辺りをつまんでいる。
あれ何やってるんだ。
選手も首とかつままれたらいい気分しないんじゃないのか。その怒りを相手に向けて勝とうとゆう魂胆なのか。
でもどうせならもっとムカつく事をすればいいんじゃないか。
あんまり怒らせて試合で荒れると冷静な相手にやられたりしてだめなんだろうか。
最後のやつなんかは喜ぶ選手がいそうだからやらないのかもしれないが。
自転車のかごって何でちょっと滑稽なのだろう。
いや日常生活において、特にママチャリにはついてても何の違和感もないのだが、これが何かマウンテンバイクとか、競技用の自転車についてたらどうだろう。
跡形もなく吹き飛ぶスポーツ感。どんな格好いい自転車も一気にママチャリである。
あのマウンテンバイクで野山を疾走する競技で全員前にかごがついてたらものすごいバカである。中に何か入れとくのがいい。オレンジの詰まった紙袋とか。
大きなこぶでジャンプして着地した瞬間にこぼれ落ち、坂を転がって行くオレンジ。
通りすがりの美女が拾ってくれたりするんだろう。新たなロマンスである。
そんな競技。どんな競技だ。
とうとうトイレットペーパー購入である。そしてそれに伴い謀ったように訪れる便意。きっと脳の無意識の部分が腸内のぜん動運動をコントロールしていたのだろう。脳はすごい。
きょう歩道橋を降りてたら、前の方でカップルと若い女の子が立ち話をしていた。
カップルの子の方が、「今日私誕生日なの。スピリチュアルバースデー。」
もう一人の子「へえー。何歳?」
で、カップルの子の答えが「4歳」
察するに、スピリチュアルバースデーは、普通の誕生日とは別にあるようです。和訳すると「魂の誕生日」。
4歳って事は4年前がスピリチュアルバースデーって事か。
しかし少なくとも誕生日を設定するぐらい魂の概念を持っている子が、4年前まで魂を持っていなかったとは思えない。きっと4年前に生まれたのはただの魂ではないのだろう。ゲルマン魂とかか。
ドイツ人として目覚めた4年前。ウインナー、サッカー、ビールに目覚めた日。
僕もサッカー見ないけどウインナーは食べるしビールも飲む。
サッカー好きになる事はあるのだろうか。僕のスピリチュアルバースデーは来るのか。
ウチのパソコンのキーボードとマウスはワイヤレスである。マウスは最近はタブレットに付属してたやつを使ってるが、もともとついてたやつはワイヤレス。
キーボードもマウスも、何か赤外線を飛ばしてモニタで受信してるらしい。テレビのリモコンと同じだ。
もしかしてテレビのリモコンで操作できるんじゃないか。
そう思ってモニタに向かってリモコンのボタンを色々押してみた。
全然動かない。当たり前だ。
そういえば一昨年の年末実家に帰ったら、酔った父がケータイでテレビを消そうとしていた。親子でおんなじ事やってる。
何だこの家系は。しかも僕の方が酔ってないぶんだけ深刻っぽい。駄目すぎ
もはや僕の中で「紙」といえばトイレットペーパーの事である。
こんなにトイレットペーパーの事ばかり考えた事がかつてあっただろうか。多分ない。
それにしてもいくら僕が便秘体質とはいえ無限に宿便を収納できる腸を持ってるわけではないのでいつか(おそらく近いうちに)来るであろうXデーに備えてトイレットペーパーを買っとかないといけない。
便秘気味だからといってタカをくくっていたら予期せぬビッグウェーブが来てしまった、とゆう風になってしまってからでは遅いのだ。
昨日は水分摂取を控える、とか書いたが、実際のところ僕はOL並みの便秘体質なので緊急性は意外と低かったりする。
これって実はかなり大事な事じゃないのか。オイルショックみたいな事がまた起きて、トイレットペーパーが突然不足するような事になっても割と平気である。
健康の面から見ればよくないのだろうが、現代社会、このコンクリートジャングルで生き残るためには、時には健康よりも大事な事があるに違いない。
僕はそのサバイバル術の一つを生まれながらにして持っていたというわけだ。生まれながらとゆうよりは生活習慣によるものだろうが。
ろくでもないと思われてた事がある日役に立つ事もある。赤鼻のトナカイみたいだ。
トイレットペーパーのストックがない。
正式名称がわからないが、あのホルダーに今かかってるやつしか家に存在しないのだ。
しかもいまかかってるやつも決して新品か、新品同様とは言えない。
うかつにうんこもできないこの状況。もし今突然に下痢のビッグウェーブが来たらどうなるのだろう。いやどうしようもないのだが。
やはり備えあれば憂いなしとゆう事か。備えを怠ればやはり不安にさいなまれながら生きなければならない。
そしてトイレットペーパーがない不安から自然と水分の摂取も控えめになってしまう。
人間の体の70%(だったっけか)は水である。
人間は、食事をしなくても二週間ぐらいは生きられるが、水を飲まなければ2日ぐらいしかもたないそうである。
最も重要な水分をとらなければ健康に支障をきたすのは目に見えている。
トイレットペーパーを買うのを怠ったために一気に死に近づいた気がする。
「死因はトイレットペーパーの買い忘れです」とだけは言われないようにしたい。明日買いに行きます。忘れないようにしないと。忘れそうだが。
先輩がバドガールのいるビアガーデンに行ったらしい。バドガールのあの服の下は、パンツが見えそうで見えないギリギリのところまでになってるらしい。もしかしてすごい長い服を作っといてギリギリのラインで切ってるんじゃないか。
これで思い出したのが女子高生のスカートだ。こないだすごいスカートの短い女子高生が階段を上がって行ったのだが、もう少しで見えそうだと思いながらずっと眺めていると、結局見えないまま上がりきってしまった。
しかしその前に上がって行った女子高生はパンツが見えるのを恐れたのかスカートのお尻を押さえながら上がって行ってた。
スカートを押さえないで上がって行ったあの女子高生は、絶対に見えない自信があったのだろうか。
もしかして研究してるのか。絶対に見えない長さの限界。
友達と一緒に階段に来て下から見てもらい、「見えた」とか「見えない」とか言いながらスカートの長さを調節する女子高生。その現場に居合わせれば調節に失敗して中身が見える瞬間を目の当たりにできたかも知れない。
いつやってるんだろう。誰か知りませんか