また更新。さっきのエロ先輩にはさらなるセクハラを受けた。脇腹とかを色々と触られた。
逆セクハラ。
夜になって建物が閉められちゃったので立ちションした。立ちションなんて何年ぶりだろう。
「何やってんだ!!」とか言われたら「有機農法」と答えたかったが、誰にも言われなかった。
学祭の準備で学校に泊まり込むつもりで飲んでる。いや準備は終わったのだが。あとは飲むだけ。明日台風っぽいし。どうしよう。
マネジャーの先輩にメガネをかけさせて喜んでる。エロい。
で調子に乗りすぎたらその先輩にほっぺをつねられた。僕的にはこっちのがエロかった。
「うんこ」と「うんち」の違いは何か。それはまさに「固さ」にあると思う。
「固さ」とは物理的な固さだけでなく言葉としてのかたさもあてはまる。
「うんち」はやはり子供のやわらかいうんこの事だろう。「うんち」とゆう単語の響きが柔らかさ、さらに言うと子供の柔らかさにつながってくる。小さい子供の体のやわらかさと同様に。どちらかとゆうと可愛げのある単語である。
一方「うんこ」はどうか。一気に固形としての認識を強くアピールした呼び方である。やはりこちらの方が「大人の」呼び方であろう。
「うんち」から「うんこ」になるとき、人は大人になるのだ。
つまり「いつまでも大人になりたくない」ピーターパンにとっては、排泄物は常に「うんち」である。
だからいくらピーターパンが嫌いでも、彼をののしるときは「このウンコ野郎!」ではなく「このうんち野郎!」と言うべきである。
酔うとこんな風になります。
学校の近くの高校の前を歩いてたら建物の入り口のガラスに「高校生のための土下座講座」と書いた紙が貼ってあった。
よく見たら「高校生のための土曜講座」だったのだが。
もし土下座講座だったら面白かったのに。ひたすら土下座のテクニックを教える講座。「こうすれば相手の怒りはすみやかにおさまります」とか、そんな事を教える講座。
しかも「高校生のための」である。高校生で土下座する事ってあるか。
教えるなら早い方がいいって事だろうか。
受験勉強よりも社会にでて役に立つ事を教える。これが新しい時代の教育か。
電話機を買った。1600円。

まあそんな事はどうでもいい。出し尽くされたマスターカードネタ(しかも古い)p>英語で単語の頭にunがつくと否定の意味になる。
unbalanceなんてほぼ日本語化してる。アンバランス。日本語ではないか。
そして単語の頭にantiがつくとこれもまた否定の意味になる。否定とはちょっと違うか。どちらかというと積極的に逆、とゆう感じ。まあ細かいニュアンスはこの際どうでもよい。
どちらも肯定的ではない上に最初の二音はカタカナにするとどちらも「アン」である。「アン?」と「アンチ?」。
しかし綴りは違う。"un"と"anti"。
もしこれが一緒だったらシャレにならない。"un"のほうはいいだろう。問題は「アンチ」の方である。
"unti?"になってしまうじゃないか。
いくら授業で「アンチ?」と読むことを教えられたところでウンチしか頭に浮かばない。
これが原因で英文学の道にすすむはずだった人の道が閉ざされていたかもしれないのだ。
ものすごく際どいところで奇跡的に助かったなあ、と思いつつ個人的にはちょっと残念。
風呂に入る前に鏡を見たら鼻毛が出てた。軽く2mmほど。もっとかも。鼻から出てたのは2mmほどだが、明らかに長い鼻毛。つまりそこから根元までの長さはかなりの物だと思われる。
それにしても昨日は出てなかったのに。昨日鏡を見て何となく確認したから間違いない。
一日で2mm(かあるいはそれ以上)も伸びたのか。このペースは異常だ。
もし一ヶ月放っておいたら2×30=60mm。つまり6cmである。シャレにならない。
6センチの鼻毛。風になびくぞ。
小学生が「10歳で身長130cmだから20歳で260cmだー」とか言うのと同じ発想。
まあ出したのもあのナベツネさんですか。品格ですか。そうですか。
特に処分が決まったわけではないみたいだが、どれぐらいやったら横綱を辞めさせられるのだろう。UL>
どの段階でやめさせられるだろうか。相撲協会の限界に挑戦して欲しい。
昨日は飲んだあとカラオケ屋に行った。そこは食べ物の持込ができる店だったのでコンビニでざるそばを買って行ったのだが、とりあえず全員ドリンクは一つは頼まないといけないシステムで、僕はホットコーヒーを頼んだ。
でざるそば食ったあとコーヒー飲んだらあの豆っぽい苦さとそばつゆの味が混じりあって納豆の味になった。
僕は納豆好きなので全然嫌じゃなかった、とゆうかむしろうれしかったのだが。
納豆の味は好きだがネバネバが嫌いだとゆう人はぜひやってみるといい。
カラオケ屋で言えなかったのでここに書いてみる。
モザイクって何か想像とゆうか妄想をかきたてられる。
エロビデオにかけられるモザイクのせいだろうか。普段のテレビでもプライバシー保護以外でモザイクがかかるのは大概局部である。お笑い芸人が脱いだ時とか。
放送しても全然問題ないところにモザイクかかってたらおもしろいと思うのだが。
プロ野球でバットにずっとモザイクかかってたりするとどんな形してるんだ、とか思ってしまうし、「笑っていいとも!」でタモリの顔にだけモザイクがかかってたりしたらもうテレビに釘付けだろう。今日のタモリはどんな顔してるんだ、とか。もう放送できない程すごい顔してんのか、とか想像してしまう。
最近ではお笑いでの局部露出は、本人の顔写真で隠される事が多くなったと思う。モザイクとかボカシとか黒く消したやつは生々しいからだろうか。
しかしああゆう顔写真って本人がものすごい笑ってる写真である。もうそれだけで面白い。
もし僕がNHKに就職して偉くなったら、登場人物全員の下腹部を本人の笑顔写真で隠した連続テレビ小説か、大河ドラマを作りたい。(内容はまとも)
運動会と勉強会のこの規模の差は何だ。
運動と勉強。学校生活における2大要素といえるこれらだが、運動会は学校全体で行われるのに勉強会は友人同士で図書館や家で行われる。
勉強会を学校規模で行ったらどうか。生徒全員を講堂に集めて勉強させる。何て嫌なイベントだ。この日は一年で最も出席率が悪くなるだろう。
逆に、運動会を数人規模で行ってもこれはこれで嫌だ。二人三脚も一対一、とゆうか二人対二人。騎馬戦は騎馬が一つしかできない。
一組だけある騎馬がグラウンドをウロウロと歩き回る運動会。
もはや別の意味での「運動」になりかねない。何が目的かわからないけど。