2004年の日記

さっき滅多に鳴らない玄関のベルがなったので何かと思ったら宗教か何かの勧誘だった。

おばさんらしき声の人がインターホン越しにやたらと「衝撃的な事件が起こる世の中」という言葉を連発してた。「いま世の中では衝撃的な事件が続いていますが、人はどのように生きていけばよいのか、その参考のための冊子を無料で入れておきますので読んでいただけますか」みたいな感じで。

「衝撃的な事件」。このおばさんの話を聞いている間何も思い浮かばなかった。衝撃的な事件が。

何だろう。衝撃的な事件。台風とかか。

台風がこんなにたくさん来る世の中でもうまく生きていける冊子。サバイバル関連だろうか。それならあのおばさんが雨の中勧誘に来たのもわかる。これぐらいの雨なら余裕だろう。もらっとけばよかった。

きのう(月曜日)は世田谷公園という割と大きめの公園に行った。

公園だから犬の散歩をしている人がいるのはわかる。あと、スポーツ施設も充実しているらしく、トレーニングウェアの人が結構いた。ジョギングとかしているようだ。

犬とトレーニングウェア。近いようであまり接点のない二つが今ここに。トレーニングウェアで犬の散歩している人もいるかもしれない。

つまり犬の散歩はトレーニングだ。エクササイズの一つとしての犬の散歩。

スポーツジムとか行けばやってる人いるかもしれない。スポーツジムで犬の散歩。

ルームランナーの上を走る犬。横で見ている飼い主。

まつ毛が長いのはチャームポイントになるが、鼻毛が長いと笑われる。

昔のドラマでは女優は泣いているシーンでも鼻水を流さなかった。

涙はOKだが鼻水はアウト。

それではリアリティがないという事で、最近では泣いているシーンではきれいな女優さんも鼻水を流す。

そのうちドラマでキムタクの鼻毛が飛び出している、ということもあるかもしれない。リアルさの追求だ。東京に住んでると鼻毛伸びるの早いし。

しかしキムタクは何やってもかっこいいからな。鼻毛、流行るかもね。つけ鼻毛とかも売り出されるに違いない。

今のうちに鼻毛伸ばしとくか。

風呂場で手鼻をかんだら鼻毛が出てきた。おそらく抜けたのではない。

きのうハサミでザクザクと切ったからだ。本当にザクザクという感触があった。

たぶんそのとき切った鼻毛が鼻の穴の中に残っていたのであろう。

それにしても今日出かけてるときにその鼻毛が出なくてよかった。外でくしゃみとかしてしまってたら最悪だ。すごい勢いで噴き出される鼻毛。

ゲゲゲの鬼太郎みたいだ。鬼太郎が鼻毛を飛ばして武器にしてたらかっこいい。

「父さん、妖気です!」と言って鼻から大量の毛を飛ばす。ビジュアル的に髪の毛飛ばすより強そうだと思うんだが。

近所にある自動販売機の一部の製品には、サンプルのところに「期間限定 100円」と書かれており、500mlの缶ジュースが100円で買える。

しかし期間限定とは書かれているけれど、僕がいまの家に引っ越してきたときからあるから、もう1年半以上も期間限定セールを続けていることになる。

それは期間限定というのか。もしかしてこの自販機がなくなるまでの期間限定って事か。

「限りある人生、誰でもいつかは死ぬのです」みたいな話か。自販機なのに。

GEROマガジンである。おそらく散々ネタにし尽くされたであろう下呂温泉。

バス会社のパンフレットなのだが、よりによって下呂温泉。もっとも誤解を受けそうだといってもいいようなこの物件であえて表意文字である漢字を使わずにローマ字に走ったというのはなかなかの冒険だ。

もちろんカタカナなんかにしてしまうとシャレにならないわけだが、このパンフ作った人の半笑いの顔が目に浮かぶな。浮かばないけど。

何でもローマ字にすれば許されると思うなよ。UNKO!

うさぎって草食動物だろう。にんじんとかキャベツとか食べてる。

なのにあのコロコロのうんこは何だ。まだ食物繊維が足りないというのか。便秘は大丈夫か。

うんこが硬くて切れ痔になるうさぎもいるに違いない。「さびしいと死んじゃう」とか言う前に痔を治せ。

鹿もコロコロのうんこだが、こっちはまだわかる。鹿せんべいばっか食べてるからだ。

鹿せんべい工場の人は、もうちょっと食物繊維を多めに混ぜてあげてはどうか。

もしかしたらやわらかうんこだと奈良公園が地獄絵図になるとか考えて繊維の量を調節しているのかもしれない。動物愛護と都市計画のはざまで揺れる鹿せんべい。

麻雀の八索を「M大魔王」と呼ぶ先輩がいた。

M大魔王。大魔王なのにMか。どっちかというとMは奴隷の方だと思うのだが。

Mの大魔王がいるのなら、Sの奴隷もいるかもしれない。そしてM大魔王はこのS奴隷にSMプレイを強要するのだ。

プレイ中は主従関係が逆転するのだろう。

でも相手が大魔王だからって、奴隷が本気で責めなかったりすると死刑。そのへんはさすが大魔王、って事で部下もなかなか反抗とかできない。でもあの性癖はどうかとみんな思ってる。

「でもまだSじゃなくてよかったかもね」とか噂話してるに違いない。

フォークボールの投げ方だが、人差し指と中指でボールをはさんで投げる。つまりボールを指ではさんで投げたらフォークボールだ。

ギターを指ではさんで投げたらフォークギターか。フォークダンス、フォークソングに至っては何を投げるのかもわからない。ソングやダンスを投げるとはどういう事だ。

それにフォークギターも怪しい。ギターを投げたりするのはむしろロックの人だろう。

ここまで来るとフォークの解釈が間違ってると考えざるを得ない。と思って調べたらフォークソングは民謡で、フォークダンスは民俗舞踊のようだ。

つまりフォークボールは民俗ボールだ。どこが発祥だろう。

たぶん狩猟民族の地域だと思う。石を投げて、獲物がそれをよけようとしたらストンと落ちて敵に当たる。

いまでもその地域に行けば、年に一度、民族衣装で石を投げる、フォークボール祭りが開かれるに違いない。

村人がみんなフォークボールの名人。この村にいけば子供でもフォークボールを投げる事ができる。

「石よりもボールの方が丸いから、簡単だよ」とか言ってるに違いない。

行ってみたいな。フォークボール村。勝手に名付けちゃったけど。

野球をした。外野を守ってて、普通とはだいぶ違う位置に立ってたらそこにボールが飛んできて余裕でキャッチ。ほめられた。

でも次にまたその打球を打ったバッターに回ってきたとき、同じところに立ってたら、普通の位置にいればとれるような打球が来て、だいぶ違う位置にいたので捕れなかった。

何かさっき捕ったので調子に乗って同じところにいたのがばればれである。柳の下にいつもドジョウはいない、ということわざが頭をよぎる。

戒め系のことわざに見事にはまるような行動をとってしまうと恥ずかしい。

まあ現代までことわざとして残るぐらいだから的を射ているというか、同じようにことわざにあてはまって恥ずかしい思いをした人がたくさんいるのだろう。

他のことわざについてもやはりたくさんの人にあてはまるような事が現代まで残ってるのだろう。あるあるネタって事か。

ことわざって今でいうふかわりょうさんみたいな人が作ったのかもしれない。