2005年の日記

毎日のようにメッセンジャで下らないチャットをしている。「うんこちんこまんこ」みたいな言葉を意味なく発するような最低の会話だ。

そんなチャットでも、たまにまじめな話とか建設的な話になるときがある。

そういうときにいいタイミングで「うんこ」とか「ちんこ」と言った人に賛辞を贈りたいと思った。

「ナイスちんこ!」「ナイスうんこ!」

これからはいつでもそう言えるように心の準備をしておこう。

その人がナイスなうんこを出したり、ナイスなちんこを持っている事を賞賛していると勘違いされないか少し不安だが、勇気を持って言ってみようと思う。

商店街の道端で4歳ぐらいの女の子が嘔吐していた。

近くに親はいるのか、と思ったらその弟らしき子供が「ママー!」と叫びながら店に入っていった。

母親がいたのは宝石店。漫画に出てくるようなダメ親な感じがしてとてもうれしくなった。

日本語を記述する方法って昔は漢字しかなかったし、その漢字は中国から伝わったものだ。

で、その漢字から平仮名や片仮名が生まれた。

htmlとスタイルシートみたいだ。スタイルシートの歴史とか構造とか知らないけど。

html言語も中国から伝わってきてたらおもしろい。山奥の寺でおじいさんが筆で書いたタグを船で持ち帰る。

FLASHは黒船来航みたいなもんか。江戸時代にペリーが持ってきたのがFLASHだったらおもしろい。

殿様、大喜びでぐりぐり動くサイトを作って動画公開。

数日前からあごの左側の蝶番の部分が痛い。物を食べるのにも苦労する。口を開けるときも、物を噛むときも痛い。

7月に学科で浜名湖のほとりの水産試験場で2週間、相模湾の海辺の施設で5日間、泊り込みの実習を行ったのだが、その間、特に浜名湖の中盤から後半にかけてはずっと猪木のモノマネをしていた。

「げんきですかー!」

「元気があれば、にゃんでもできる」

「タバスコ」

「スパゲティーナポリタン」

「タルるーとくん」

などと猪木口調で言い続けていたら、あごのかみ合わせがおかしくなった。ずっとシャクレ顔でやってたからだ。ちなみに全然似ていない。

そのときはしばらくすれば治ったのだが、もしかしてそのダメージが今まで潜伏していたのか。やばい。後悔先に立たずとはこの事だ。

そういえばクラスの人が1ヵ月ほど前に同じような症状を訴えていた。彼ももしかしたら6月ごろに猪木のモノマネをしていたのかもしれない。

でも学校ではそういう様子は全くなかった。放課後ひそかにやっていたのか。地下猪木クラブでもあるのか。

誰にも知られることなく地下で繰り広げられる猪木のモノマネ。ここでは春一番すら下っ端だ。

会員制だろうか。一見はだめなのかな。クラスの中にこういう所に出入りしている人がいるというのは衝撃である。しかし行ってみたい気持ちもちょっとある。今度クラスの人に聞いてみようと思う。

冷凍食品のライスバーガーである。とてもおいしい。

調理方法は、この袋から出し、中の包みをレンジに入れるだけである。

で、中の包み。

最も重要な情報は、中身が「焼肉」である事だといわんばかりのこの表記。

しかし、この包みの中に「焼肉」が入っているのだと思うと、底知れないポテンシャルを感じる。ウキウキだ。

しかもヤケドに対する注意も万全である。焼肉に浮かれる気持ちを冷静に見つめる視点。これぞ人間工学(てきとう)

夢日記更新。一昨日だけど。 2005/02/19 06:34:15

Amazonアソシエイトというのがある。自分のサイトに広告を表示して、誰かがその広告経由で商品を購入すると、紹介料がもらえるしくみだ。

僕もぜひやってみようと思ったのだが、やるからには自分のおすすめ商品を紹介したい。

で、僕がいま最も自信を持っておすすめできるのは、「液体ブルーレットおくだけ」だ。

これ使うとまじで便器にうんこつかない。

でも、今調べたらアマゾンでは取り扱っていないようだ。ショック。

液体ブルーレットおくだけ

携帯電話で「起きた」と変換しようとしたら最初に「沖田」と出た。

いまその「おきた」は使わない。というか使わない方からいつも先に出てくる気がする。気のせいだろうけど。

でもやっぱり「起きた」のほうが「沖田」より使用頻度は高いんじゃないのか。そういう事を考慮して変換候補の出てくる順番を決めて欲しい。

もしかして全国の沖田さんに対する配慮か。

でも「たかい」は「高井」より「高い」が先に出た。沖田さんには気を使うけど高井さんには気を使わない。

取引先に沖田さんでもいたのだろうか。

「いく」を変換すると何度やっても一番上には「イク」が出る。この携帯買ってから一回ぐらいしかそんな変換してないのに。「行く」の方がはるかにたくさん使ってるから学習によるものではなさそうだ。

こっちは何に気を使ってるのかわからない。「わからない」って言い方がセクハラっぽいな。言わせたがってる感じで。

大学の校舎で、壁にスピーカーを発見した。小学校の頃と同じものだ。中学、高校でも同じタイプのスピーカーだったかもしれない。

色んな人が実験や研究や講義を行っている校舎で、小学校のように「お昼の放送」などが流れたら面白い。マッキーの曲とかをむやみにかける。

そう思って、携帯電話で写真を撮ってたら、静まり返った廊下に「ガシャッ」というシャッター音が響くと同時に知らない人に見られた。

しかも、帰ってきてその写真をパソコンで見たら、ぶれていた。

どうしようもなくて悔しいので、ぶれてるのと、壁が白いのを利用して、「空とぶスピーカー」みたいな写真を作ろうと思って画像処理ソフトでコントラストをあげてみたら、心霊写真みたいになった。これはこれでうれしい。

言霊思想というのがある。言葉が力を持って実現するというものだ。

まあ、ない話ではないと思う。口に出す事によって、その人の中でその事が強く意識されたりして行動にも影響するのだろう。

でも、僕は毎日毎日口癖のように、うんことかおしっことか言ってるのだが、特に頻尿というわけでもないし、うんこに至っては便秘がちだとすら言える。何でだ。

もしかしてまだ言い足りないのか。頻尿には別にならなくていいから今のままでいいが、便秘は困る。

これからはもっと頻繁に「うんこ」と言う事にしようと思う。

本についてるリボンである。この写真のように、本の上のほうから見ると、何となくいやらしい何かを連想させる。

何かっていうか、ちんこを股にはさんでるところだ。