ダイエーに買い物にいったら大学いもを売っていたのだが、値札には大学ポテトと書かれていた。
「いも」よりも「ポテト」のほうがオシャレな感じだと思って書いたのだろうか。大学ポテト。
「いも」のカッコ悪さというのは、昔はダサい人のことを「イモ」などと表現していた事から来るのかもしれない。
でももはや「イモ」をカッコ悪いとする事自体が古い感じだろう。「ナウい」とか今使うのと同じ感覚。
今の人々の感覚は「イモ」に対してニュートラルである。
もし「いも」のダサさを避けるためでないのなら、「いも」よりも「ポテト」の方がかっこいいという結論に達したと考えられる。
しかも大学いもなんて一般的に定着した名前をわざわざ変えるほどに。
確かに「フライドいも」だったら変だ。しかし「大学ポテト」も同じくらい変だぞ。
そこまで絶対的にポテトがかっこいいというわけでもあるまい。
どうやってもずれている大学ポテト。納得のしようがない。しなくていいんだろうけど。
心にしこりを残す大学ポテト。僕が大学生だからだけではあるまい。
そのうちオクトパス焼きとか言い出さないか心配だ。心配してもしょうがないけど。