ストローは吸うが、笛は吹くものである。
人間は筒状の物を見ると吸う、という本能的な何かを持ってるんじゃないか。
煙草も吸うものであって吹くものではない。昔、水性ボールペンのインクの入った筒を吸って遊んだ事があった。吸うと上がってくるんである。結構勢いよく。で、口に入る直前で止める。
しかし笛は吹く。筒状の物なら吸うのが人間の本能だと仮定したらこれはその仮定に反している。
口笛って息を吸ってもなるのだから、笛も吸えば音が鳴る笛を作れたはずなのに、なぜだ。
むかしはあったんじゃないのか。しかしおそらく人類の歴史の中でタブーとして抹殺されたのだ。
笛を吹くのは音を鳴らすのが目的である。もし吸えば音のなる笛があれば吸う事は音を鳴らすのが目的になる。
ここらへんにポイントがあるんじゃなのか。
煙草は葉がなくなれば終わりだし、ストローも飲んでいた液体がなくなれば終わりである。
しかし笛はどうか。もし吸って鳴る笛があったとして、無限に吸い込む事ができる。明確な「終わり」を示すものがないのだ。
しかも音が鳴るし。
吸うと音のなる筒を、本能のままに思うさま吸い続ける。何と背徳的で官能的な行為だろうか。
きっとそこには麻薬のような快楽があるに違いない。
過去の人々はそれに恐怖を抱きタブーとしたのだろう。
吸うと音が鳴る笛。もしそれを今復活させたらどうなるだろう。多くの人が快楽に溺れ身を滅ぼすだろうか。
僕はあまりにも危険なのでやらない。